破天荒遊戯 第10話 ★×6

あ〜、終わっちまったな。
破天荒遊戯を一言で表すと、常に芝居がかっていたんだよな。むしろそれが味であり、いい意味で作品を面白くしていたんだけどね。
たとえば、無意味とも取れるカードゲームやったり、バロックヒートがツンデレしたり、そもそも作中の舞台では存在しているのかどうかも分からないことを平然と視聴者サービスのためにやったり。
台詞の一つ一つも、台本でも作ってきたのかと言わんばかりの掛け合い漫才。かつ、重要な見せ場でも、ロジックの通った演説調と、いかにも「決め台詞」と言った感じのものが入り混じった、いかにも視聴者に論理的、感情的に「訴えかける」感じのもの。
だから、この作品は脚本の用意された演劇を見ているように感じていた。ストーリーの流れそのものを楽しむのでなく、その中に組み込まれた手振り身振りや、場面ごとの雰囲気自体を楽しむもの。それが、従来の冒険モノと違う点かな。その分、「これからどうなるんだろう」っていうハラハラドキドキといった類のものは無いけど。
そういえば、一昔前まではこんな風に「視聴者サービス」が透けて見える作品も多かったかもしれない。感覚としてですけどね。今はギャルゲーや萌えが広まったためか、主人公に感情移入すること前提の一人称アニメがそこそこに多いと感じる。そんな中で、破天荒遊戯は徹底して、視聴者に第三者視点であることを要請し続け、それを貫いたアニメだと思っている。あくまで彼女らの冒険を眺める傍観者なんですよね。あるいはそういう劇を鑑賞している観客。
ただ、どういうわけか、ラゼル達の冒険には積極的に関与出来ない第三者視点がなんだか心地いい作品だった。それは、傍から「カッコいい」だの「可愛い」だの「おかしい」だの、エンターテイメントをエンターテイメントとして享受していられる位置がちょうど「観客席」だったからだと思うのですが、どうでしょう。