XXXHOLiC 第十七話「ジショウ」 ★×8

侑子さんは達していらっしゃるというより、次元の魔女なんで、もはや人外の方です。過去のことだろうが未来のことだろうが大抵は知っています。ちなみに壱原侑子という名前は原作者のCLAMPの知り合いの名前からそのまま貰ったものだそうです。侑子さんのモデルになっているのもその人らしいです。でも、その方はそこまでは恐くないそうです。ちなみにもうご存知かもしれませんが侑子と書いて「ゆうこ」ですよ、神。
で、今回の話なのですけど、正直私には実感が伴わないというか、よく分からんかったです。幸せの定義が「社会的に適応して、社会的に成功する」という基準に縛られている通俗的な観念への反感だっていうんなら、まぁ分からなくないですけど。もしくはもっとシンプルに責任から逃れるために、あえて社会的立場を下げているってことか?それにしても行動が象徴的過ぎるというか、学校の非常ベル鳴らしても責任から逃げたことにはならないでしょ。
それでも、辛いことがあればいいことがあるってもんでもないという侑子さんの言葉には同意ですな。楽しいことのためには反作用的に辛いことは伴うのはなるほどとして、辛いことがあっても反作用的に楽しいことは起きないものでしょう。不幸はそのまま不幸にしか繋がらないだろうし、その不幸な状況に「悲劇のヒロイン」として自己陶酔するっていうんなら反作用にならなくも無いけど、ちょっと無理あるでしょ。そういう意味では人生ゼロサムゲームではないと。それじゃどんなにあがいても人生プラスには成りえないから、人生マイナスを少なくしたものが幸せ者っていう定義になるのか。真っ黒いお話ですな…。
それと侑子さんが貰ったっていう対価って「逃げ道」なんですか?どうも侑子さんは一人の人間に人生に大きく影響を与えてしまった自分に満足しているというか、絶対面白がってるよな。自分の言葉一つで他人の生き筋を曲げ、もがき苦しめていることが楽しいらしく、「彼女は耐えられるかしらね?」の一言には悪意すら感じたのですが…。人が必死に生きようとする姿を滑稽に笑う権利が対価ですか。そんな歪みきった侑子さんを応援してる侑子ドリを、私は応援しています。
ところでさらに余談なのですけど、この回はいつもと雰囲気違って会話が異常に長いと思ったら、戯言シリーズ書いてる西尾維新って方のHOLiCのノベライズ、「×××HOLiC アナザーホリック ランドルト環エアロゾル」ってやつが脚本の元ネタなんですね、漫画じゃなくて。